2015年08月10日

ば早いのですが

ば早いのですが

 
「部分的な記憶喪失、とでもいうのかな」
 翌朝早く、現場検証の補充調査を行っている時に篠田がいった。福原映子のことだ。昨日彼女はとうとう事故のことを思い出さなかった。事故だけではない。ここ一週間ほど韓國 食譜のことを、全く思い出せないでいるのだ。
「精神的なもの、と医者はいってましたけどね」
 だから時間が経《た》てば、徐々に記憶が蘇《よみがえ》るのではないかということだった。あまり自信のある口調ではなかったが、あの医者にしても、こういう症状に遭遇するのは初めてなのかもしれない。
「ところで」
 スリップ痕を調べていた篠田が、やや険しい顔になっていった。「福原映子のスリップ痕はいいとして、もう一つ別の車のスリップ痕があるな。位置が全然違うし、タイヤの間隔も違う」
「例の追突した車でしょうか」
「たぶんそうだろうな。このあたりでスリップして、先に事故を起こしていた福原映子の車にぶつかったのだろう。直接の加害者ともいえないが、ほうっておくわけにもいかん。福原映子の話次第では、例の塗膜片韓國 食譜からの割り出しを急ぐことになるかもしれない」
 そういう厄介なことにはなってほしくないと、篠田の曇った表情が語っていた。
 調査を終えたあと、三上だけは改めて病院に出向いた。何とか早く映子から話を聞き出したいのだ。
 病室では真智子が姉の世話をしていた。昨夜は一旦自宅に戻り、今朝改めて着替えなどを持ってきたということだった。ほかの病院の看護婦をしているそうで、何かにつけて手際がいい。昨日に比べて、今日はまた元気を取り戻したようだ。てきぱきと動く彼女を見て、姉妹の二人暮らしも悪くないなと三上は感心した。男兄弟ではこうはいかない。
「少しは良くなりましたか」
 ベッドで横になっている映子に彼は話しかけた。彼女は答えず、不安そうに黒目を動かすだけだ。代わりに真智子が、
「気分は良いんですって。でもやっぱり記憶が戻らな韓國食譜いらしくって」
 残念そうにいった。
「そうですか。我々としても、福原さんから話を聞けないと、どうにも手の打ちようがないものですから」
「目撃していた人はいないのですか」
 真智子が訊いたので、三上は顔をしかめてみせた。
「地元の人間以外、あまり使わない道ですからね。それに高速道路と畑に囲まれていて民家から遠いので、少々大きな音がしても気づかないようです」
 彼の説明に、真智子は黙って頷いた。
「ああ、でもひとつだけ可能性があります」
 三上は思い出していった。「福原さんの車の後部に、誰かが軽く追突した形跡があるのです」
「追突?」
「といってもそれが事故の原因ではなく、追突したのは、福原さんが事故を起こしたあとだと考えられていますがね。とにかくその車の運転手を探すことになるかもしれません」
「その調査には、どれぐらい時間がかかるのでしょう?」
「さあ、本人が名乗り出てくれ、そうでなければ手こずるでしょうね。幸い車の塗膜片が落ちていたので、そこから車種や年式ぐらいまでは判明するかもしれません」
「車種と年式……」
 真智子は窓の外に目を向けて呟いた。
 病室を出たあとで、三上は担当医師に会った。
「脳波にも異状はありません。レントゲンの結果も同様です。おそらく心理的なものでしょう」
 福原映子の容態について、医者はこのようにいった。
「思い出したくないような、何かそういう心理的プレッシャーでもあるんでしょうか」
 三上が思いつきをいってみると、
「そうかもしれません。事故の瞬間の恐怖が、相当大きかったんじゃないですか」
 相変わらず、あまり頼りにならない口調で答えた。
 三上は署に戻って報告した。仕方ないな、と篠田も諦めた顔で頷いた。
 調書を作れないのは、頭の痛いことではあったが、今のところそれほど厄介な問題でもなかった。現場を見た限りでは自損事故だということが明らかだし、誰かが死亡しているわけでもない。現在の映子の症状は特異だが、乱暴な言い方をすれば今後の生活に支障はない。つまり今回の事故処理は、何ら複雑な手順を踏むことなく解決する見込みだった。
 唯一問題があるとすれば例の追突をした車だが、これについてはあまり積極的な追及はされない見通しだった。仮に車を特定し、運転手を見つけたところで、どういう責任を負わせるかが難しいからだ。目の前で事故が起きたのであわててブレーキを踏んだが、間に合わずに当たってしまったのだといわれればそれまでだ。
「記憶待ち、だな」
 篠田がいった。その表現が面白くて、三上は笑った。


同じカテゴリー(雪纖瘦投訴)の記事画像
が変わったよう
同じカテゴリー(雪纖瘦投訴)の記事
 もお姫様でいら (2015-08-27 17:12)
 が変わったよう (2015-08-17 15:34)
 何事秋風悲畫扇” (2015-04-23 11:48)

Posted by 似水流年 at 12:45│Comments(0)雪纖瘦投訴
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
ば早いのですが
    コメント(0)